大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和43年(ネ)96号 判決

控訴人

山田実

(仮名)

代理人

唐津志津磨

被控訴人

中村正男

(仮名)

法定代理人

中村花子

(仮名)

代理人

徳田恒光

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出援用認否は次の点を附加するほか原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

(被控訴人の主張)

昭和四三年一〇月一七日当裁判所に提出された訴の取下書に被控訴人法定代理人中村花子の署名押印があるが、これは控訴人の強迫によるものであるから右訴の取下は無効であり然らずとするも右中村正子は本件控訴に応訴の為時間的、経済的に多大の負担を強いられていたところ、右同日控訴人から訴の取下書に署名押印せよと求められたので、訴の取下とは控訴の取下のことであり、これによつて控訴審の審理は終り第一審判決が確定するものと信じて右書面に署名押印したものであつて、従つて右訴の取下は要素の錯誤によつて無効である。

(控訴人の主張)

本件訴の取下が強迫による無効のものであるとの点及び要素の錯誤によつて無効であるとの点は何れも争う。

理由

一、訴の取下の効力について。

本件記録によると昭和四三年一〇月一七日、被控訴人法定代理人中村花子作成名義の取下書と題する書面(その本文の記載内容から右は訴の取下であることは明らかである)。が提出されていることが認められる。そこで右取下の効力について検討するに訴の取下は純粋の訴訟行為であるから、手続安定の要請から一般には取消、無効の主張は許されないのであるが、右取下が刑事上罰すべき他人の行為に基づいてなされたものである場合には再審の訴に関する民訴法四二〇条一項五号の精神に則り、尚これが無効の主張を許すべきものと解するのが相当である。尤も再審の訴の場合は罰すべき行為につき有罪の確定判決があること等右法条二項所定の要件を必要とするが、これは再審の訴の場合は既に確定した判決に対する不服申立方法であることによるのであり、訴の取下の効力の判定についてはこれと趣を異にするところがあるから必ずしも右有罪判決のあつたこと等の要件は必要でないと解すべきである。ところで〈証拠〉を総合すると、控訴人は本訴が提起された後も時々被控訴人法定代理人中村花子方に赴き内縁関係を継続していたものであるところ、控訴人は度々花子に対して本訴の取下方を要求していたが、たまたま昭和四三年五、六月頃花子が控訴人の態度に腹を立て同人所有の自動車の車体に同人を誹謗する文句を書きつけてこれに瑕をつけたことから控訴人は花子に対して真実告訴の意思があるとはいえないのに右毀棄事実を以て警察に告訴する旨告げると共に強く本訴の取下方を要求し、且その頃丸亀警察署に依頼して右毀棄の証拠写真を撮つて貰つて花子に見せたりしたこと、花子はかねて刑事被害者として警察で取調を受けたことがあり、告訴により幼児を抱えて警察で取調を受け、惹いて刑事処分を受ける虞もあることを畏怖しその後の同年九月末頃か一〇月初頃に控訴人の持参した取下書と題する書面(乙第一号証)に署名押印したものであること、然し右書面には六月一二日なる日付が記載されていたので控訴人より右書面を受取つた控訴代理人は改めて同一内容の取下書をタイプして控訴人に交付し、控訴人は同年一〇月一三、四日頃花子に対し右書面に署名押印するよう要求したこと、この為花子はその頃止むなく右書面に署名押印して控訴人に交付し、同月一七日控訴人より右取下書が裁判所へ提出されたものであること、翌一八日花子はその訴訟代理人である徳田弁護士に右の点を相談し、即日右取下は花子の真意に基づかぬものであり控訴人の強迫によるものであるからこれを取消す旨記載した上申書と題する書面を裁判所へ提出したこと、以上の通り認められる。結局以上の事実によると花子のなした本件訴の取下は控訴人の刑事上罰すべき強要行為によつてなされたののというべきであるから当然無効のものというべきである。

二本案について。

当裁判所の事実の認定並びに判断は原判決理由二行目から三行目(原判決二丁表一〇行目から一一行目)にかけての「原告法定代理人中村花子本人尋問(第一、二回)の結果」の次に「並びに鑑定の結果」を附加するほかは右原判決理由の説示と同一であるのでここにこれを引用する。当審に於ける控訴本人の供述によるも以上の認定判断を覆えすに足らず、他にこれを覆えすべき証拠はない。

三そうすると被控訴人の本訴請求を認容した原判決は正当であつて本件控訴は理由がないから民訴法三八四条によつてこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき同法八九条九五条を適用して主文の通り判決する。(合田得太郎 谷本益繁 林義一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例